2013年04月08日

自動車はバイオリン

日本経済新聞のコラム「経営の視点」は私の好きなコラムのひとつ。
いつも時代時代の経営の本質について端的に指摘してくれる。
4月8日付けの同コラムは、「自動車は道具か文化か」の題目で、製品のブランド力についての日本企業と海外企業の考え方の違いについて記述されていた。
ここでは、かつてF1レースを撤退した日本自動車メーカーと参入し続ける欧州メーカーとの戦略の差について指摘している。
以前、環境性能を高めることも経営戦略として意識する日本メーカーがF1レース撤退を選択したことに対して、欧州メーカーは「車はバイオリンであって、単なるスコップではない。だからコンサート会場で演奏をする」
と文化的意味を車にも求めるべきと反論する。
コラムでは、この日欧の製品に対して、単なる機能の追求だけでなく生活文化の中での役割の認識の差が、それぞれのブランド戦略の差にもなっていると指揮する。

この記事を読みながら思い出したのは、もう十年近く前に参加したセミナーのこと。
それはトイレタリー商品の日本最大企業である花王の海外戦略について当時の役員の方が話されたセミナー。
内容は、「花王の製品は、機能性をいかに高めるかを追求しているものの、結局はその国々に根付く文化や慣習とは切っても切れない日用品であり、文化商品である。故に、欧米では髪や肌の色の異なる東洋人がいかに機能性の高い製品を販売しても東洋発のブランド戦略では市場に浸透しにくい。結果花王では欧米発のブランドを買収することで市場に参入する方向へ転換した。車や家電製品は文明商品であるから性能だけで競えるので日本ブランドでもその市場で優位性を発揮できるため羨ましい」というものであった。
この発言は当時、海外アパレル事業を担っていた私にはとても印象深いセミナーであり鮮明に記憶している。

今回の日経新聞のコラムでは自動車製品を文化的に位置づけるか否かの指摘である。一方で花王のセミナーでは、自動車は文明商品であり機能の違いがその優位性に直結するとの解釈である。
十年を経て、ここから読み取れることは、社会が進化し成熟化するにつれ消費購買では使用便益以外の、所有の楽しさとか共感などの情緒的価値が益々重要になることを意味するのだと思う。

それにしても自動車の比喩がバイオリンであると表現する欧州人の文化度には感心させられた。
さしずめ日本人なら”茶道”と言えばいいのか。。。
posted by [w] axis at 13:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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